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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)897号 判決

控訴人 社団法人 大日本水産会 外二名

被控訴人 国

訴訟代理人 武藤英一 外三名

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、原判決の事実に摘示されたとおりであるからこれを引用する。

理由

別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という)が被控訴人の所有に属し、控訴人等が右土地につき別紙目録(二)記載の地上権((1) の地上権、すなわち「第一の地上権」若しくは(2) の地上権すなわち「第二の地上権」)を有すると主張して右土地を占有していることは当事者間に争がない。

よつて先ず控訴人等が本件土地につき「第一の地上権」を有するや否やについて判断する。本件土地を含む東京都港区赤坂溜池町(旧東京市赤坂区溜池町)所在田町第一御料地五一二四坪五合五勺がもと皇室の所有に属し宮内省所管であつたところ、控訴人等が明治二十三年九月十六日皇室から右御料地を期間五十年と定め無償で貸下げを受けたことは当事者間に争がない。しかして控訴人社団法人大日本水産会が水産業に関し、控訴人社団法人大日本山林会が林業に関し控訴人社団法人大日本農会が農業に関しそれぞれ研究し改善進歩を図ることを目的として設立せられた公益法人であることは当事者間に争がないところ、原本の存在並に成立に争のない甲第一号証の一乃至六、同第二号証の一乃至四、成立に争のない乙第九号証の二、同第十一号証の五乃至七の各記載と原審証人倉田吉雄の供述とによれば、控訴人等の事業目的が公益に関係することが多いため皇室が控訴人等に対しその事業を奨励し助成する趣旨の下に右のように御料地を長期間に亘り無償で貸下げられたことを窺うことができ、また、成立に争のない乙第八号証、同第九、第十号証の各二、同第十一号証の一乃至四の各記載と原審証人倉田吉雄、同小島万五郎の各証言によれば、前示御料地は控訴人等が貸下を受けた当時沼沢地帯であつたので控訴人等は自費を以て漸次埋立て排水し、改良工事を施し、宅地に整地し、明治三十七年十一月中右御料地の内本件土地の上に控訴人等の事務所として三会堂と称する建物(木造二階建約九七坪及び附属建物約三七坪)を建築し残余の土地を第三者に貸与し、その地代を控訴人等の事業資金に充てて来たものであつて右借地人がそれぞれの借地上に建物を建築して居住したこと、及び右三会堂は大正十二年九月中関東大震災により焼失したので控訴人等は昭和二年四月中訴外財団法人石垣産業奨励会に本件土地の一部を貸与し、同法人が控訴人等の事業を援助するため再び三会堂と称する建物(鉄骨鉄筋コンクリート造)を建築し控訴人等に事務所として使用させるため右建物の一部を貸与したことを認めることができる。(但、右御料地が初め沼沢地帯であつたこと、控訴人等が本件土地上に三会堂と称する建物を築造したこと、右建物が大正十二年九月中関東大震災により焼失したので訴外財団法人石垣産業奨励会が控訴人等から本件土地の一部を借受け再び三会堂と称する建物を築造したことは当事者間に争がない。)以上に認定した事実と前示甲第二号証の一乃至四の記載とを対照し考察するときは、控訴人等が本件土地を含む前示御料地を皇室から貸下を受けたのは右地上において建物を所有するため右土地を使用するのが目的であつたと認めることができる。しかも、明治三十三年四月十六日に施行された「地上権に関する法律(明治三十三年法律第七十二号)」の規定によれば、同法施行前から建物所有のため本件土地を使用している控訴人等は同法第一条にいわゆる「同法施行前他人の土地において工作物または竹木を所有するためその土地を使用する者」に該当するものであつて控訴人等は本件土地につき地上権を有するものと推定されるのである。尤も控訴人等の本件土地使用が無償であることは上述のとおりであるけれども地上権の設定は無償でなされる場合もあり得ることは論をまたないところであるから控訴人等が無償で本件土地を使用するにしてもこれを地上権と解することを妨げないものというべきである。また控訴人等が皇室から本件土地の貸下を受けるに当り差入れた証書(甲第二号証の一乃至四)には「拝借」の語が用いられていることは同証書の記載自体から明であるけれども右「拝借」の語は土地等の使用関係につき広く用いられることは一般に公知の事実(借地法に云う借地権は賃借権と地上権を含むことはいうまでもない)であるから、右証書の用語により控訴人等が本件土地の地上権者であるとする前示認定を動かすに足らない。更に控訴人等が本件土地の貸下を受けるに当り、その使用目的を工作物または竹木の所有に限定したと認めるに足る資料はないけれども本来地上権は他人の土地において工作物または竹木を所有するためその土地を使用する権利であつて右権利設定契約に当り工作物または竹木所有以外の目的にも使用し得ることが特約されたとしても、なお、右地上権は有効に成立するものと解すべく、控訴人等が本件土地の地上権者たるを妨げないものというべきである。なお、被控訴人は控訴人等が「地上権に関する法律」施行当時本件土地全部の上に工作物または竹木を所有していたのではないから同法第一条の規定による推定を受けられない旨を主張するけれども地上権が「他人の土地において工作物または竹木を所有するためその土地を使用する権利」(民法第二百六十五条)であること上述のとおりであつて、現実にその目的地上に工作物または竹木を所有していることを右権利の成立(又は存続の)要件とするものではないから被控訴人の右主張は理由がない。結局控訴人等が本件土地につき地上権を有するとの推定を覆えすに足る証拠はないから控訴人等は本件土地につき期間五十年とする無償の地上権を有していたものといわねばならぬ。

ところで被控訴人は控訴人等の本件土地に対する上記地上権については登記がないから控訴人等は被控訴人に対し右地上権を対抵することができない旨を主張するから案ずるに、控訴人等が皇室から貸下を受けた前示御料地五一二四坪五合五勺は大正八年七月中その面積が五二四一坪六合九勺に変更されその内本件土地を含む三八七四坪一合五勺の土地がその頃宮内省から内務省に所管換になつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第七号証の一乃至十三によれば、皇室所有の右土地所有権は被控訴人所有の三八七四坪二合の土地との交換により被控訴人に移転したことが認められるところ、その頃控訴人等が上記地上権につきその設定登記を受けていなかつたことは当事者間に争のないところである。しかるに原審証人倉田吉雄及び同小島万五郎の各供述によれば被控訴人は控訴人等に対し昭和二十六年十二月頃まで控訴人等の本件土地使用につき異議を述べたことのなかつたことが認められ、また成立に争のない乙第七号証の七及至十六によれば、上記土地所管換に当り内務省においては宮内省の申入により控訴人等が本件土地の貸下を受けて使用中であることを了承し控訴人等との間の権利義務を承継し控訴人等に対し控訴人等の本件土地につき有する地上権をも承認したものと認められろから控訴人等は被控訴人に対し登記がなくても地上権を対抗することができるものというべく、この点の被控訴人の主張も理由がない。

しかして、控訴人等の本件土地につき有する地上権は昭和十五年九月十五日に五十年の期間が満了したことは明であるところ、控訴人等が右期間満了後引続き本件土地の使用を継続しているのに被控訴人がこれにつき異議を述べなかつたことは前記各証人の供述により認められるから右期間満了の際被控訴人は前記地上権設定契約と同一条件を以て更に地上権を設定したものとみなされ、その存続期間は(右地上権設定の際建物の種類構造につき定めがあつたことにつき証拠のない本件においては)更新の時から起算し二十年すなわち昭和三十五年九月十五日までとなつたものといわねばならぬ。被控訴人は、控訴人等に対する無償の右地上権設定は旧国有財産法(昭和二十二年法律第八十六号による改正前の大正十年法律第四十三号)の規定に牴触するから法定更新に関する借地法の規定の適用を受けない旨を主張するから考えるのに、右旧国有財産法の規定によれば、国有財産は帝室用に供するため必要ある場合、勅令に特別の規定ある場合を除き公共団体若しくは私人においては公共用、公用若しくは公益事業に供するため必要ある場合にだけ無償で貸付けまたは貸付けによらないで使用収益をさせることができる旨規定されていることが明かである。従つて前述したように控訴人等において本件土地を自ら使用しないで第三者に使用せしめている以上右規定の趣旨に副わないものというべきであるが、本来控訴人等において本件土地の貸下を受けたのは公益事業に供する目的であつたことは上述したとおりであるから、たとえ本件土地の使用方法について旧国有財産法の規定に牴触する点があつたとしても(これを理由として将来の使用を取消すは格別)右公益事業に供する目的の下に控訴人等が受けた本件土地に対する地上権設定は本来右規定に牴触することはないものというべく、従つて右規定に牴触するから法定更新を許されないものとする被控訴人の主張も理由がない。

次に被控訴人は控訴人等の更新後の無償の前記地上権は改正国有財産法の施行と同時に消滅した旨を主張するから案ずるに、国有財産法の一部を改正する法律(昭和二十二年法律第八十六号、以下改正国有財産法と略称する。)によれば旧国有財産法第十六条を改め同条第一項に国有財産は無償で貸付することはできない、但、公共団体において公共用、公用若しくは公益事業に供するため必要のある場合その他法律に別段の定ある場合はこの限りに非ざる旨を規定したので、改正国有財産法施行後においては私人(私法人を含む)に対する国有財産の無償貸付はたとえ公共用、公用若しくは公共事業に供するため必要な場合であつても同法の規定に違背し無効と解する外はない。しかしながら法律は既往に遡らないのが原則であり、しかも同法中には同法施行前に設定された控訴人等の無償地上権にまで遡つて同法を適用し右地上権を無効ならしめる旨を明かにした規定はないから控訴人等の右無償の地上権が改正国有財産法の施行と同時にその効力を失う旨の被控訴人の主張は理由がない。

更に被控訴人は控訴人等の無償の地上権は新国有財産法(昭和二十三年法律第七十三号)の施行と同時に消滅したと主張するから案ずるに、財政法第九条第一項、新国有財産法第二十条乃至第二十六条の規定によれば、国有財産(普通財産)は国において、貸付等することができるけれども無償貸付をすることができるのは公共団体が特定の公共の用に供する場合にその公共団体に対してする場合だけに限るのであつて、その他の場合は有償でなければ貸付することができない旨定められているものと解さねばならぬ。従つて本件土地(普通財産)に対する控訴人等の無償地上権の設定は上記の新国有財産法の規定に牴触するものといわねばならぬ。しかも、新国有財産法第四十二条に「同法施行前にした国有財産の貸付私権設定等は同法の規定によつてしたものとみなす前項に掲げる行為であつてこの法律の規定に牴触するものはその牴触する限りにおいてこの法律施行の日にその効力を失う」と規定しているから控訴人の無償の地上権は同法施行の日である昭和二十三年七月一日その設定の効力を失い右地上権は消滅したものといわねばならぬ。控訴人等は同法第四十二条第二項の規定には「牴触する限りにおいてその効力を失う」旨規定されているから控訴人等に対する右地上権の設定もその無償である点だけが新国有財産法に牴触しその限度において効力を失うに過ぎない旨を主張するけれども、そのためには従来無償の国有財産の貸付等を有償に変える方法があることが前提されなければならない。而してその方法として一応その対価に干する当事者の合意ということが考えられるけれど、合意の成立しない場合もあり得るからこれをもつて一般的な方法とすることはできないし、さりとてこれを裁判所の裁定にゆだねるといつたような特別の法律の規定があるわけではないから、一般的にいつて無償貸付等を有償に変える方法はないものといわなければならぬ。換言すれば、新に有償な契約をしなおす外はない。(前記合意の成立し得る場合であれば恐らく右新契約も結ばれ得るであろう)しかも、新国有財産法の規定の趣旨に徴すれば有償でなければ国有財産の貸付等をすることができないのであるから控訴人等が本件土地につき設定を受けた地上権もそれが無償である限りその一部が有効となりその一部が無効となるのではなくその地上権全部が新国有財産法の規定に牴触し同法の施行と同時にその効力を失うものと解するのが相当である。よつて新国有財産法第四十二条第二項の規定か憲法第二十九条第一項に違反するや否やにつき考えるのに、憲法第二十九条第二項によれば、財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定める旨を規定し公共の福祉の要請があればこれに適合するように財産権を規制することができるものと定められているところ、国有財産の管理処分は国民の利害に重大な関係があることは勿論であつて良好な状態で管理し、効率的且公正に処分されなければ公共の福祉に反する結果を招くものといわなければならない。一私人に対する国有財産の無償貸付等の措置は結局公共の福祉に反するとの見地から国有財産法が改められ、また、従来の無償貸付も規制されるに至つたものと解するのが相当であり、右のような目的を以て定められた新国有財産法第四十二条第二項の規定は憲法第二十九条第一項の規定に違背することはないものというべく、この点の控訴人等の主張は理由がない。

以上のとおりであるから控訴人等が本件土地につき「第一の地上権」を有するものということはできない。

次に控訴人等が「第二の地上権」を有するや否やにつき案ずるに、この点につき当裁判所のした判断は原判決の理由に説示したところと同一に帰するから原判決の理由中この点に関する部分(原判決三十六枚目裏末行目から三十七枚目裏七行目まで)を引用する。

しからば、本件土地につき控訴人等の上記「第一及び第二の地上権」の不存在の確認を求める被控訴人の本訴請求を正当として認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十三条第九十五条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 梶村敏樹 岡崎隆 堀田繁勝)

目録〈省略〉

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